2013年04月

2013/04/24

パニック障害からの回復 Ⅱ


今から16年も前でしょうか・・・
私がパニック障害を発症したのは、たしか28歳のクリスマス直前でした。

正確に言えば、それ以前にもパニック発作は2度、起っていました。
一度目は、ある日の日曜日の昼間に。
この時も12月だった記憶があります。

突然、激しい動悸が起こり立っていられないような感じで
痺れるようなめまいがし、意識が遠のき、フワーっと自分にベールが
かかったような感じで、自分の身体が自分のものじゃないようでした。
それと共に、激しい・・・というより地獄のような恐怖感が沸き
心臓をかきむしるような仕草で、タクシーで当番病院に行きました。

当然、私は何かしらの心臓疾患では?と思い、待合室でひとり身悶えていました。
所が、内科医のDrからビックリする言葉が出ました。
「ヒステリーだよ」と。

その時は心理の専門家の学びを当然していなかったので、知識もなく。
「ヒステリーってあのヒステリー?」
「で、なんでヒステリーでこんなんなるの?」
とかなり訳が解らず。
腕に注射を一本打ってもらい、しょんぼりしながら帰宅しました。


さて、ヒステリーとは?

神経症(かつて用いられていた概念)の一種で記憶や意識の統合能力が
失われたり、解離、疼痛、胃腸障害、歩行障害、マヒなどが現れる。
とされています。


二度目はそれから数年後のまたある日の日曜日の昼間に。

同じように、心臓がドキドキMAXでいてもたってもいられない不安感と恐怖感で。
またなにかしらの心臓疾患では?と感じタクシーでひとり当番病院へ。
内科医のDrは「心臓に異常はないが心配なら一度心臓の専門医へ」と。
この時も一度目同様に、診察室に入る頃にはドキドキは治まっていたのです



さて、この一度目と二度目の共通点を考えてみたいと思います。

日曜日の昼間に起きている事。
二度共、激しく二日酔いでゲロゲロ状態であった事。

元・仕事依存症・アルコール依存症の自覚がある私なのでつっこんで書きますと。

・日曜日→休み→寝ている→自堕落な怠け者→自分を責める→
 働く事でしか自分の存在価値を見出せない人

・無自覚だが自分に自信がなく嫌い→飲むとハイになり自分で自分を
 楽しく出来る錯覚 →アルコールとパニック発作は密接

ついでに「風邪をひいた時」と「カフェイン」もパニック発作は密接な関係と
 経験上、感じます。


緑の部分は参考文献として:
                これならわかる!精神医学:上島国利著:ナツメ社より抜粋


                                  Ⅲへとつづく


2013/04/20

釧路発  パニック障害からの回復 Ⅰ

今日は、私の経験を書いてみたいと思います。

今、この時間にも・・・
パニック発作が起きていて、地獄のような苦しみと
死の恐怖にひたすら耐えていらっしゃる方
沢山いるのでは・・・
と感じるからです。

または、いま発作が起きていなくても
「また起るんじゃないだろうか?」
予期不安でいっぱいの方もいらっしゃるのでは・・・と思います。

ご家族やパートナーが、パニック障害で苦しんでいらして
どうする事もできずに、心細い想いをしながらも、ただ寄り添っていらっしゃる方も
いるのでは・・・と思います。

そんな沢山の方々に、私の経験がお役に立つ事があれば
とても嬉しいのです。

希望を持って欲しいのです。
生きる事を、絶対に諦めないで欲しいと心から願っています

なぜなら
パニック障害で10年間苦しんだ私は
希望なんて見出せず、生きているだけで辛かった。

これは、回復した今だから感じて思える事です。

その真っ最中の10年の間は、
波はありましたけれど、ほとんど毎晩と言っていい程、発作はやってきました。

一晩に、一度では済まずに、二回三回と起きる事もありました。

毎晩、何度も絞首台に登らされるような感じですね。

そこで私は、何を考えていたかというと何も考えないんです。

発作が治まると、やっと眠れる。
そして翌朝は何事もなかったように、パンスト履いて化粧して
仕事に出かける。そして馬のように働く。

ここで何が起っていたかというと、感情鈍磨 という技です。

なにも起っていなかった事にする。

辛いとか怖いとか苦しいとか、もう嫌だとか、治りたいとか
脳の奥底に押し込んで、見なかった事にすると感じなくて済む。



辛いとか怖いとか苦しいとか、もう嫌だとか、治りたいとか
奥底に押し込まないで、ちゃんと感じて認識できていれば。

そして
安全な場所で、安全な相手に口に出して言えていたら、
10年も苦しまなかったのではと思います。

でも私は、弱音を吐いていい、HELPを出してもいいと習わなかったので。

バチがあたったんだ・・・と自分を責め、

でも責めたくないので、何もなかった事にする・・・

自分の身に起っている事さえも
「見ざる・言わざる・聴かざる」
で、ひたすら耐えて、貫いていたんですね。





2013/04/19

心のセラピー  リフレーム・カウンセリングルーム

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初めまして、

代表の 平野 直美 と申します。

心のケア を必要とされる方が沢山いらっしゃると日々、感じております。

私くし自身も、様々な苦しみや不安や困難、そして怒りと悲しみの感情などを

「症状」や「問題行動」として出してきました。

そこを 生き残ってきた サバイバー のひとりです。


2007年9月・・・ある新聞で 「こころの悩み・相談」 の記事を見つけ

直ちにセラピー (心理療法) を受ける選択をし、10年間苦しんだ

パニック発作 が嘘のようにピタリと止まりました。

そして、そこに ひとすじの光 を見付けました。


そこから自分の様々な 生きにくさ の根底にある 

問題 に気付き、 癒し を続けてきました。

更に・・・ 自分の使命 をキャッチし 私の人生における夢 を持ち、

心理の専門家を目指し学び続けてきました。


2012年6月  リフレーム・カウンセリングルーム 発足


今度は 症状や問題行動 という サインが必要な人 から 癒す側の人 

の方に座っています。

ここで過去の私の 悲劇と捉えられがちな人生 が

大きな意味 を持つ事になりました。

それが私の 大きな財産 に変わったのです。


問題の本質をみようとする事が出来る、

トラウマを癒す意味、トラウマ・ケアの重要性を知っている、


これらは過去の私の一見、悲劇 と見られがちな人生があったからこそ。

この人生が無かったら、全て机上での学びしか得られなかった事になります。



そして苦しかった過去の人生が無かったら

私は心理の専門家を目指す事は無かったとも感じます。


そして 悲劇や苦しみ と感じていた自分の人生の 物語 を

自分の力 で書き換えた事に後で気付きました。


そう・・・ 本物の愛 やHAPPY、楽しさ、嬉しさ、出会いや繋がり、

成長し続ける事の歓び。産まれてきた事への感謝。

自分を大好きになれた事。


悩みを悩みとして悩んでもいいと思える健全さ、


いつか・・・

また、必ず訪れる愛する人達とのお別れに過剰に翻弄されないこと。



紡がれる人生において、

なにかしらの 私の轍 を 未来 へ遺したいと思える事。

その為に、夢をひとつひとつ叶えていく事。

 
 
 自分の人生を自分で創っていく人 の物語になりました。

トラウマを財産に変えていく事で、もう 単なる被害者 ではなくなりました。


これからも、 癒しと学び を一生続けて。

可能な限りになりますが長生きして沢山、社会に貢献したいと感じています。


ここを訪れる沢山の方々へ向けて・・・

沢山の事を 発信 し続けていくことが 私の願い です。

そして

発信する為にも、一生 回復途上者 でいたいと思っています。

 END設定 を自分にしない、ずっと成長し続ける私でありたいです。