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こんにちは、平野直美です。
北海道の他の都市に比べると雪が少ない釧路もこの週末に結構雪が積もりました。
子どもと犬は大喜びですね。

さて、こちらの写真は「真冬の桜の蕾・TUBOMI 」です。

私は桜の花が特別に大好きです。
この北海道の凍て付く寒さの中でも蕾の中では「春に咲くための準備」
がなされているんだろうな・・・。
蕾の中だけではなく根をしっかり張りめぐらせ
日光もしっかりと受け止め。

凄いな・・・と毎年思いながら眺めています。
自然の持つ生命力って本当に凄いですね。

そして人間の中にも、ひとりひとりの中にしっかりちゃんと「力」があると言われています。

その力に気付けなくて…探しても見つけられなくて。
自分の中に力があるなんて信じられなくて。
ただただ症状に翻弄されているだけのように感じ。
私の人生っていったい何なの?と
辛かった時期の自分を懐かしく思い返します。

今は
頑張ってよく生き残ったね!!
凄い力だね、私!!
と自分を褒めてあげたい気持ちで一杯です。

今は自分の中から力が溢れ出てくるので「あれもこれもやりたい」となり。
その願望に対しての優先順位を決めるのが大変です^^;;

こんな風に「元々持っていた自分の生きる力」をしっかり見付けて確信し味わえるのも
カウセリングやセラピー(心理療法)を受ける選択をし自分に向き合う作業を
続ける選択を
したお陰だなとつくづく感じます。

本当に良かったなと思います。


さてパニック障害からの回復も「5」です。

前回、初めてメンタルクリニックに行きドクターに「パニック障害」の診断を受け
ソラナックスという抗不安薬を処方されました。
今、計算してみたのですが今から18年前位です。
当時は「パニック障害」の疾患名は今ほど浸透していなかった事もあり。

自分に何が起こっているのかよくわからない。
けれども取り敢えず私は「パニック障害」という厄介な病気にかかってしまった。

そんな私は変で、駄目な人間だからこうなったんだ・・・という自動思考でした。
自分が悪いから病気になったと
本当に心から思っていました。

悪くないんですよ。変でもないんです。
その症状が必要だから起っていると言われています。
その「症状というサイン」を大切に考えられるといいですね。
せっかく自分の為に自分の力でサインを出していると私は認識していますので
私のように10年も無視しないで欲しいと思います^^;;
これは不安障害(パニック障害)に限らず、
と私は考えています。

まずは薬にすがる思いでした。
本当に藁にもすがる思いでしたね。
服薬すれば発作は起きなくなるかもしれない。
治るかもしれない、と。

その時、ドクターに質問した記憶があります。
「完治はしますか?」
「この病気を治すにはどう過ごしていくのがいいのか?」

「完治」に関してはこの時の私が欲しかった言葉ではなかったように
記憶しています。少なくてもその時の私はそう受け取りました。

どう過ごしていけばいいのか?に関しては
「なるべく、のほほ~んとしていて下さい」と言われました。

生育歴から「のほほ~んとしている事はダメ」思考が出来ていましたので
どう「のほほん」とすればいいのか?わからなかったと思います、私。
でも「私、のほほんとしていいんだ」と妙に嬉しい言葉だった記憶があります。

私の無意識レベルでは無自覚ですが
「私だってのほほんとしたい」
と実は感じていて。
そこにドクターから「してていい」という
言葉(許可)を貰い。
そこが嬉しかったんだと今は思えます。

シングルマザーだから、生活があるから
のほほんとしてはいけない!というのではなく
子どもに恵まれる以前からのほほんとは
出来ない私だったという事です。

その時の私には自分の心の中(意識と無意識)の声をじっくりキャッチする
という事が勿論できず。自分で意識できている方の声を自覚できるのみでした。
でもこの『無意識』では無自覚ですが本当に沢山の事を感じていると言われています。


帰宅し服薬を始め、不安感が少なくなる実感がありました。
これは薬が効いているな、と感じました。
でも残念ながらパニック発作はまた続いて起きました。

ここでまた「私は服薬だけでは治らないんだ」という絶望が無自覚であったと
思いますが自覚出来ていなかったと思います。
私はいちいち絶望なんてしていられない、という自分に対する
厳しい自分がいましたから。
この私に対して厳しい自分・・・本当に厳しかったですよ^^;;

そこから10年間、服薬を続けました。
勿論、波はありましたが発作はやってきました。
ひどい時だと毎晩、一晩に2回・3回という事もよくありました。

救急病院にも何度も何度も行きました。
我慢はしますが「私はパニック障害でこうなっている」
「おさまれば大丈夫だから」という冷静な脳の思考よりも。

「このままでは気が狂ってしまう」「本当に心臓が止まるかもしれない」
という恐怖が上回った時は仰向けで苦しがっている状態から頑張って起き上がり
タクシー会社に電話をする・・・という感じでした。

発作は強烈なので冷静な思考は出来ませんでした。
怖くて怖くてただ発作のその時間が過ぎ去るのを毎回毎回
ただただじっと待つ、耐える。

パニック障害に限らないと私は認識していますがその「症状」に対して
「怖くて逃げてもその怖さはいつまでも追ってくる」と思います。
これが逆効果となり10年も苦しかったんだろうな、と今は思います。

勿論、「怖さから逃げる」というのも「自分を守る防衛手段」なんですが。

ここでカウンセリングやセラピーに行く事を選択し
安全な相手(カウンセラーさんやセラピスト)に安全な場所で
「怖い」と話し受け止めてもらっていたら。
まず即効性のあるケアを受けられたら、サポートを受けていたら
10年も苦しまなかったと思います。
でもその時期、私の住む地域にはそのような治療的介入を提供してくれる
場所や人はなかったと認識しています。
飛行機に乗って東京へカウンセリングを受けに行く、などという思考は
全く浮かびませんでした。乗り物恐怖がありましたので飛行機に乗る事は
まさしく命がけでしたから。

発作が治まって「あ~、やっと眠れる」と。
発作時以外は日常生活が送れるので朝は会社に行きます。

でも日常生活でもスーパーに買物に行くのが命がけ、
広場恐怖です。人ごみに入ると「逃げられなかったらどうしよう?」
「具合が悪くなったらどうしよう?」と怖いんです。
「具合が悪くなったらカゴをそこに置いて出ればいい」と心に決めて
いつもスーパーに気合を入れて入っていました。
レジで待つ時は人が並んでいるので「逃げられない」と感じるため
頭がフワーっとなる、気が遠くなる感じが強かったです。

スーパー以外の大きなお店には行きませんでした。
逃げられないので。

美容室や歯科、温泉,銭湯などもダメになりました。
すぐに逃げられない・・・というか具合が悪くなった時にすぐにその場から
立ち去れないのが怖かったんですね。
あとは美容室や歯科は立ち去れない事プラス「首に巻かれる」事が苦痛でしたね。

トラウマの渦中にいると本当に行動が狭くなってしまいます。

会社でも大きな全体朝礼などだと100人とか集まるのでこれはきつかったです。
退席した事もありました。

気が遠くなる感じやお腹が痛くなる、でも行けないのが怖い。
今、考えればお腹が痛くなったらトイレに行けばいいだけなんですが。
またお腹が痛くなったらどうしよう?具合が悪くなったらどうしよう?
と、とても不安で怖かったです。
怖いのでまたお腹が痛くなる、また不安になるの悪循環。

常に脳が冷静な思考が出来ない状態になっているんですね。

元々、私はバスには乗りませんがバスに乗るなんて有り得ない感じでした。
電車やバスが主な交通手段の都会の方は大変だと思います。

パニック発作がどのような症状か?は以前もこのカテゴリに書いていますので
今日は触れずに。またまとめとして書くかもしれません。

それから私の場合は服薬だけでは治らなかったけれども
適切な服薬のみで治まる方も沢山いらっしゃると思いますので
ここは補足させて頂きますね。

そして大声で伝えたい気持ちです。
今現在、苦しんでいる方へ
ひとりで悩まないで


              つづく