こんにちは、

リフレーム・カウンセリングルームの平野 直美です。

昨日のようにとても寒かったり、今日はそうでもなかったりと気温の差が激しいですね。

こちらを訪れて下さっている皆様は風邪などひかれていませんか?

我が家では子どもの咳と鼻水が長く続いていて、

私は札幌入りで家を空けますので

私の留守中に「子どもの熱が出たらどうしましょう」の不安がよぎります^^;;

でも、小さな子どもなら不安があっても当然な状況ですので、

今こうして不安を抱えている自分をいったん自分で受け止め

赦し、そしてヨシヨシしてあげます^^




さてさて、昨日に引き続き


*心の傷を繰り返し語る*というテーマを参考文献に基づいて

また一緒に考えていきたいと思います。


もしかしたら、昨日の投稿を読む選択をされた方の中には

なにかしらの「反応」が起こっている方もいらっしゃるかもしれませんね。


なので、読まれる選択をされる方も、今は読まない選択をされる方も、

どちらもOKだと私は思っています。

無理なく、ご自身がどうされたいのか?を優先していただければと思います。




では、西尾 和美先生の

「今日1日のアファメーション~自分を愛する365日~」 ヘルスワーク協会より


ここより参考文献です。



心の傷を繰り返し語る


自分は生きるのに、あたいする人間です。

自分は、自分のままでいいのです。

自分は愛するに、あたいする人間です。

自分は、自分の居場所をつくっていいのです。

自分を、うんと好きになります。



過去に受けた心の傷(トラウマ)を語りましょう。

 トラウマを心の奥深くとじこめていたり秘密にしておくと、

いつまでたっても傷付いたときと同じ状態に、

凍りついたままになってしまいます。

ある特定のことに関して、トラウマとなったできごとのあった時点の

年齢の考え方、感情、感覚で理解しているので、

それは現実とはかけ離れたものになっています。

たとえば、父親にたたかれていた人は

「男は皆、こわいものだ」という考えが固定化して

変化しないまま大人になってしまい、

男女関係がうまくもてないようなことがあります。

 仲間やセラピストなどトラウマを理解してくれる人に、

何度も繰り返して話していくうちに、

だんだん現在の年齢なりに心の傷をうけとめられるようになり、

視野が広がり、子どもとして抱いていた大きすぎる恐怖が

小さくなっていきます。

 いろんな角度から心の傷を繰り返し話すこと自体が、

癒しになることを知りましょう。




ここまでが参考文献より。


さて、昨日の続きからいきますね。


過去に受けた心の傷(トラウマ)を語りましょう、

と書かかれていますね。

それはなぜか?ということですが、


>トラウマを心の奥深くとじこめていたり秘密にしておくと、

>いつまでたっても傷付いたときと同じ状態に、

>凍りついたままになってしまいます。



と書かれてありますね。

過去の私のように「いったいどういうものがトラウマなのか?」

と疑問に感じる方もいらっしゃるかもしれません。


子どもの時に受けた怖かったこと・嫌だったこと、などなど

例えば、

本当は両親の殴りあう姿は見たくなかったですね。

怒鳴り声や物を投げつける音、

ドアを乱暴に閉める音は聞きたくなかったですね。

本当は親や祖父母から叩かれたり、閉じ込められたり、外に出されたり

お前はダメな子だと言われたのは悲しかったですね。

父親が日々、泥酔していて

今日はいったい何が起こるかと常にビクビク緊張して過ごし、

父親が眠るとやっと安心できるような家は怖かったですね。

母親がため息をついている姿は見たくなかったですね。

父親や祖母の悪口を聞かされるのは本当は嫌でしたね。



そんなに勉強は好きではないのに

親に勉強・勉強と過剰に言われ続けたり、

過剰に侵入され続けたり。

秘密を持つことに対して罪悪感を植えつけられたり。





こういった「怖かったや悲しかった・嫌だった・痛かった」などなど

誰かに話せたり、助けを求められていたらどんなに良かったか。

でも子ども時代には、そんな力はありませんでした。



このような過酷な中に適応して生き延びるのには

これらの「怖かった・悲しかった・嫌だった・痛かった」などなどを

心の奥深くに閉じ込めておく方法が一番だったのかもしれないですね。

なかったことにする。
     ↓
(意識上では)
 なにも感じなくて済む。



そして、

こういった家庭には暗黙のルールがあり、

「家の秘密を外に漏らすな」という雰囲気を子どもながらに

感じて実行していたのかもしれないですね。

父親が毎日、泥酔してまるで別人格のようになる姿・・・

お友達には見られたくなかったですね。

恥ずかしかったり、漏らすことが家族を裏切るような感じがしたり。



子どもながらに沢山のことを感じて、

それを押し込めていたのかもしれません。




>凍りついたままになってしまいます。



凍りつかない訳がないですね。





>ある特定のことに関して、トラウマとなったできごとのあった時点の

>年齢の考え方、感情、感覚で理解しているので、

>それは現実とはかけ離れたものになっています。



脳がどのように働くか?について、具体的に書かれていますね。

例えば

小学生の時に、クラスでイジメにあった経験がある方が

大人になって会社で同僚が「コソコソ話」をしていただけで

「また私の悪口を言っているのでは?」と

とてもザワザワしてしまったり、怒りや涙や汗が出たり。

たとえ、同僚は全く違うことを話していたとしても、

悪口を言われている!と感じてしまっても

私は不思議ではないと思います。



子どもの時に露出凶にあってしまった方が

大人になってからも男の人とすれ違うだけで、

怖くなって足早にドキドキしながらすれ違う。

またはすれ違いたくないので別の道を通る、とか。

その時の、季節感や匂いや時間帯などの似た感覚だけで

ふと蘇って苦しくなったり

理由もわからないまま涙がポロポロ出たりとか。



これは現実とはかけ離れたものになっていますね。

すれ違った男性は、あの時の露出凶ではないし、

子どもの時は怖くて声も出せなかった・

逃げることもできなかったかもしれませんが。

今は大人になっているので、大声を出して誰かに助けを求めたり、

いったん走り去って逃げて、通報することもできるかもしれません。





さて、ここからやっと明るい道が見えてきます。



>仲間やセラピストなどトラウマを理解してくれる人に、

>何度も繰り返して話していくうちに、

>だんだん現在の年齢なりに心の傷をうけとめられるようになり、

>視野が広がり、子どもとして抱いていた大きすぎる恐怖が

>小さくなっていきます。


何度も繰り返して話していくうちに・・・・


子どもとして抱いていた大きすぎる恐怖が小さくなっていきます。

と書かれてありますね。



ここで私がとても大切だなと感じる部分が

>仲間やセラピストなどトラウマを理解してくれる人に、

という部分です。

トラウマを理解している人・・・

残念ながらそんなに多くはないかもしれないと私は感じています。

世の中にご自身がトラウマを持っていると自覚されている方は

どのくらいいるでしょう・・・・




「私は子どもの頃に親にいつも叩かれたり、閉じ込められたり、

外に出されたり、お前はダメな子だと言われていたのが

今でも、とっても嫌で傷付いて悲しくて怒っているの」

と話してみても


・それは躾けだったんじゃないの?とか

・昔はどこの家でもそうだったんじゃないの?

・私もそうだったけど私は大丈夫だよ

とか言われそうですね。


それだけでは済まずに

・そんな昔のことで大人になった今も親を悪く思うなんて

どうかなと思うよ、そんなこと忘れなよ

とか言われたり。


これは「この方」の話したことを、

相手は「否定している」ということになりますね。


なぜなら、話した方の「私は」


・今でも、とっても嫌だった

・今でも、傷付いた感じがしている

・今でも、悲しい

・今でも、怒っている・・・んですから。





なので、セラピストや

安全性ということを理解している「仲間」に話すのでなければ

話してみても、2度傷付くことになっても不思議ではないと

私は思っています。


回復やご自信の成長の為に癒しの作業をするのには

安全な場所と安全な相手が必須だと言われています。





以上ここまでとします。

昨日・今日と参考文献からテーマを考えてみました。

現時点での私が考えていることの、ほんの一部を書いてみましたが、

3年後・5年後・10年後・・・・30年後・・・に読み返した時には

また別の、より多くの視点を持っていたり、

更に成長を重ねた私の感じ方が出ていることと思います。

この事をご承知の上、読んでいただけますと助かります。




ご自身を傷付けた相手を責めるための道具ではないこと、

レッテル貼りをしたい訳ではないこと、

できればご自身のために

相手をゆるしていけるといいな、と私は考えていることも

いつかまた書きたいと思います。



それでは、また