侵入

2015/05/24

ホウ~っとウカウカ



こんばんは

リフレーム・カウンセリングルームの平野 直美です。

日曜の夜

こちらを訪れて下さっている皆さまは、いかがお過ごしでしょうか?


私は今日、私用にてお出掛けし

その帰りに久し振りに「音別憩いの森」へ。

毎年、たぶんこの釧路地方では一番最初に桜が咲くスポット!

ということで毎年、必ずワクワクと訪れるのですが

今年は日程が合わずにタイミングを逃しちゃいました




この時期は、もしかしたら私の大好きな「ホウの木」の花が咲いているのでは?

と行ってみたのですが

たぶん、まだ咲いていませんでした。


昨年秋に、枯れたホウの花が地面に多数落ちているのを

発見していますので

あそこにはきっと咲くんだと思います。


私の大好きな ↓



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ホウの花^^




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ここの木たちも巨木です
「ホウ~」っですね^^





それで

公園内の桜はとうに終わっていたのですが

折れそうになっている、ひと枝にのみ咲いている遅咲きの八重桜を発見し ↓




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あらあら…と


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近寄って、じ~っと眺めていたら ↓





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んっ? ↓





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なんとそこには





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キアゲハが



羽化したばかりなんでしょうか…

じ~っと見ていても

キャッキャと喜びの声を出しても

全く逃げない!




なんだかとっても嬉しくなった今日でした。

BGMはセミとウグイスなどの鳴き声^^

五感をフルに使って、とっても癒されてきました



実は

「ウカウカしてらんないわ~」

ってのが

回復や成長のプロセスで、ちょっと焦りを感じた時の私の口癖でした^^





  






それから

あちら方面に行くと…年に2、3回は訪れる


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「38番」さんで私はいつも、味噌餃子ラーメンを^^


休日の晩御飯は、なんとか外で済ませようと企む私です。

「主婦道」「母道」にも休日が欲しい!

なぜなら、そこ

とっても必要ですよね     

   (大きな声で)




過去の私は

自分に必要なことを相手に伝えない選択を自分でしておきながら

なんで分かってくれないの(怒)

というキレキャラの態度で示すというコミュニケーションで

相手が私のしたい風に動いてくれるのを

「私への愛情の度合い」だと感じていました^^:::::

他者をコントロールしたくて堪らなかったんですね。

そして、他者をコントロールできる!と固く思い込んでいました。


私はこうしたい

私にはこれが必要

というのを、

自分で「伝えない選択」をしているのに

分かってくれない!と怒りがわく…

伝えなければ相手は当然なこととして分からないですよね。


「伝えなくても(私のことを)わかれっ」

「私の態度からくみ取れっ・察しろっ」


など、相手に対する怒りが、いつも沸いてくる背景には生育歴などから培った

「見捨てられる不安」が根底にあるのかもしれないですね。

過去の私のように^^:


もちろん今でもゼロにはなりませんが

「あっ、今、私は相手に見捨てられそうな感じがしているから不安なんだな~」

と自己を理解することができます。


これこれこうで私はこうなっているんだな~

というのが理解できると

もう怒りもおさまっていき

「ここ癒そうっと」と次のステップに入れますね。



慣れ親しんだ病んだ思考・行動のままでいる方が

時には、楽であったりもしますが

こういった「心の傷からの後遺症」を癒していくのには専門家の力も借り

そして何年も必要でしたが

自分のしたいことがわかり

自分の嫌なこともわかり

そこから自分の人生を自分で選択できるようになって

本当に良かったと私は感じています。


過去の私は、自分でも

なぜ、これ程までに怒りがわくのか?

自分を理解できていませんでしたし

どういったものが健全な思考や行動か?

健全なコミュニケーションがどんなものなのか?

ということを知りませんでした。


残念ながら、子ども時代に大人から習っていなければ

それどころか真逆である危険なコミュニケーションを見て・聴いて・感じて習ってきていれば


自分自身の中で

また、他者との関係性において

何らかの葛藤を抱いてしまうのは自然なことだと思います。


もし、自分がどうしたいのか?

というのが、いつも分からなくて苦しい場合は

子ども時代に

私はあれをやりたい、こうしたい!

と言えた時に

それをいつも否定三昧されたり

取り上げられていたのかもしれないですね。

また、全く言えるような状況の家庭ではなかった、とか。

全て親が決めていたのかもしれないですね。

子どもが「自分で選ぶ」という責任を親がいつも奪ってしまうという

暴力ですよね。

一見、優しく感じるかもしれませんが。


私にはこのお仕事をさせて頂く者の義務として

自分自身の癒しと学びをし続ける必要があります。

なので生涯、更なる成長への途上者でもあります。

やりたいことが山ほどあります。

うまくいかなくて

ヤサグレたくなることも今でも時にはあります(笑)


そんな時には、一旦気が済むまでヤサグレてから

どんな自分も自分でちゃんと受け止めてから

さ~、そろそろウカウカしてらんない!

モードに入っていけます^^


羽化したての蝶々のように

羽根をしっかりと乾かしてから

または、休めてから

飛び立てます。



以上、朴(ホウ)~っと羽化(ウカ)でした^^




それでは、おやすみなさいませ







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naomiyo929 at 22:30|PermalinkComments(0)

2014/06/19

*こころ*のお話 テーマ ~自分のことを話すことの大切さ~



こんにちは、
リフレーム・カウンセリングルームの平野 直美です。

今日は『自分の事を話すことの大切さ』について書きたいと思います。

過去の心の傷、トラウマや傷付いた感じ。

また現在進行形で起こっている、
人間関係に於いて抱えておられる葛藤やモヤモヤ感、ザワザワ感。

とても押さえられないと感じるような怒りや悲しみ。

いてもたっても居られないような不安感や焦っている感じやイライラした感じ。


誰も自分の事をわかってくれない…
世界中で自分はひとりぼっちだ…
というような孤独感や。

自分はなにひとつ持っていない・・・
私なんて、誰からも必要とされていないんだ・・・
される訳がない・・・
などの空虚な感じ。

自分はなんて惨めなんだろうと思う感じ。

『あの人(この子)がこうだから私はこんな目にあわなければならない』
などの被害者意識。

うつうつした感じ。

自分はなんてダメな人間なんだ…と
誰よりも自分を厳しく罰する内なる声からの自分責め。


こう言った自分の様々な感情や、経験や行動した事を
話せる安全な場を持っていますか?

安全な相手や仲間を持っていますか?

安全な相手は
『私』の話した事について否定や批判をしません。

例えば
『夫は仕事ばかりで子育てに協力してくれない、会話もなくて私は淋しいの』
と話した時に、


相手から
『それは考え過ぎなんじゃない?』
『どこの家でもそんなものなんじゃないの?』

などの返事があったとします。

        
これらは『私』が、そう感じていて話した事を相手は否定しているという事になりますね。

『私』が感じている
・夫が仕事ばかり優先しているように感じ家庭を大切に考えていないのでは?や。
・子育てを夫婦が一緒に協力しあって行いたい、今は違う気がしていること、など。

夫婦の会話も無ければ『私』は淋しいと感じても不思議ではないですね。
子育てに於いて「孤独感」や「困難さ」「不安」を『私』は感じているかもしれません。
夫婦のコミュニケーションがうまくいっていないと感じているかもしれません。


上記の相手からの返事だと

悩みを話してみても
これでは相手に自分の悩みをわかってもらえた感じがしなく、
否定された感じだけが残るかもしれないですね。

これだとまた殻に閉じこもりたくなったり
『やっぱり私がおかしいからこう思っちゃうんだ』と感じたり。

場合によっては
『この寂しさはやっぱり私の気のせいだったんだ』
と再び『私』の感情をマヒさせるというメリットはあるかもしれません。

仮に現実は相手の言う通り
『私』の考え過ぎであったとしても、
その感情は『私』の持ち物なので、『私』がこう感じるに至った経験や
こう感じる必要があるんだと私は思います。

なのでその時の『私』の感情は『私』の持ち物でいいと私は思います。
いつか『私』が自分の力で気付くことが出来るかもしれませんよね。


話は戻り、安全な相手は
『私』について、私が話した事についての相手の分析を、勝手に私に伝える事や。
私が頼んでもいない勝手なアドバイスはしません。

私が『自分で気付く』という
チャンスを奪ってしまう暴力になるからです。

よく起るのが
「~~しなさい。これはあなたの為よ」
「私が心配だから、あなたは~~してちょうだい」
とか。
頼んでもいなのに相手から一方的にこんな風に言われたらどうでしょう?

本当に「あなたの為」なんでしょうか?

「私が心配だから」
これは一見親切そうに感じるかもしれませんが
この「心配という不安」は相手の持ち物だと私は思います。



侵入という優しい暴力は日常でよく起ると私は思います。




                        



人間関係に於ける安全性を大切に考えている相手に、
自分のことを話すことはとても大切な作業だと私は考えています。

なにかしらの生きにくさを感じていらっしゃる方は
安全性を大切に考えている相手や、先行く仲間や共に行く仲間。


安全性を大切にしている自助グループを選んで参加してみるのはどうでしょう?

セラピーを受けるのももちろん素晴らしいことだと私は考えています。

自分のことを話して全て受け入れてもらえる感じがしたら・・・
今まで溜まっていた涙を流すことができたら・・・

今まで溜め込んでいた怒りや悲しみを話すことができたら・・・

新たな気付きが得られるかもしれないですね。

話すことでとてもすっきりして心が軽くなるかもしれないですね。


同じようなことを感じている沢山の仲間の存在を知ることで
とても安心できるかもしれませんね。


もし必要を感じているならば、最初は怖くても
勇気をもって一歩踏み出してみることで何かが変わるかもしれないと
私は考えています。



それでは




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naomiyo929 at 13:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)