機能不全家族

2019/07/13

コミュニケーションWS   〜聴く技術〜 



平野です。

厳島神社例大祭@釧路 はやっぱり今年も雨模様ですね。

私が釧路に住んでから数えてみれば、33年。

おそらく毎年、雨なんでしょうね。





こちらを訪れて下さっている皆様は、いかがお過ごしでしょうか?



先日、クライアントさん限定での【コミュニケーションWS】

第2回目  〜聴く技術〜   

を行いました。








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参加された方々、脳がヘロヘロになった事と思います。




カウンセリングの基礎の技術である

①リフレクティブ  リスニング

②アクティブ  リスニング



そして

③リフレクティブ リスニング + アクティブ  リスニング




簡単なようですが、難しいスキルです。にも関わらず

本当に上手に出来ていましたね。



凄い(><)



自信を持っていていいです。




そして一日一回でいいので、練習してみる事と

10回に一回、できたらもうそれでOKです!




ご自身のコミュニケーション スキルをアップする事は

お子さんやパートナー、友人や職場の方などなど

「他者との人間関係をよりよいものにしていける」事に繋がると

私は自身の経験からも、そう思っています。





質問が出てきたら、ここにコメントとして付けてくださればと思います。

質問は、他の方の学びになります。








最後のポジティブ ワーク


花のワーク


私も混ぜてもらいましたが(笑)



しっかり受け取りました!

とっても嬉しかったです。








次回   〜伝える技術〜

I(アイ) メッセージ

私を主語にしたものの伝え方です。


楽しみにしていて下さいね。















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尊敬する西尾 和美先生のエッセンスを

あの日に伝授できた事を、とても嬉しく感じています。




自分を諦めずに、勇敢に歩んできて良かったと思います。















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私の大好きな夏椿も咲いていました。














数年前の暴風で、潮をかぶってしまって何年も花をつけていなかった

アカシアの木も、今年は沢山の花を咲かせています。




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枯れてもう駄目だろうな、、、と思っていた木もありましたので

自分で自分を治す自己治癒力や

なおすだめに休む力

また咲かせる生命力



数年、咲く事を休んだ後の今年は本当に沢山の花を咲かせていました。













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釧路で、夏椿とアカシアの花が咲く頃に

様々な事を思い起こすと思います。







リフレーム・カウンセリングルーム

代表  心理セラピスト/平野直美


















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2019/06/16

紐解く作業


今日、白砂糖を口にする選択をしたので

鼻水 ジュルジュルの平野です。





最近、お勧め著書などのお問合せを複数いただいていましたので

私が生きにくさからの回復に役に立ったものをあげてみたいと思いました。



知識は力なり

ですので、問題の本質を捉えている著書からの気付きは効果的だと

私は思っています。









◯表紙の絵が怖かったのを妙に覚えています(笑)
   アルコールをテーマに持つ原家族をお持ちの方は特にお勧めです!









◯タイトル通りですね。










◯超 スーパー共依存症であった私が何年間も毎日、耳から入れていたCDのひとつです。
   耳が痛かったです!







皆さまの回復へのモチベーションの高さに、尊敬の思いでいます。

もちろん、かつての自分にも!









リフレーム・カウンセリングルーム

平野直美








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2018/10/30

みんなのストーリーズ🎁 信じてもらえないことの悲しみ⑵




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信じてもらえないことの悲しみ⑴  ↓



大型台風が過ぎ去り、澄み渡る秋の空の下で

優は憂鬱な気持ちでいた。



2つ上の兄が帰宅し、真っ先に妹が起こしたとされたその日の学校での大事件の様子をを母に言付けた。

母はいつも兄の言う事だけ信じる。

鵜呑みにする。


そして母は優の言う事は信じない。

小学校4年生の優がもっと小さな頃は、癇癪を起こしたり

家の物を壊したり、壁を蹴ったりの努力で分かってもらえない悲しみを現していたけれども

もうそれらが無意味な事に気付き始めていた。



優の育てにくさに兄はいつもからかいの言葉と笑いを向け、

母は小学6年生の息子に娘の育てにくさを言語からも非言語からもいつも嘆いていた。



兄と母はセットで自分は除け者、、、

優も勉強はかなり出来た方であるにも関わらず、通知表ではいつも兄と比較する言葉が

母の口から出た。


なので優と兄は仲が悪い。口もきかない。















信じられる息子から事の顛末を聞いた母の焦燥感が更に増した。



母は父に話し、まさと君の家に謝罪に行かなければならないと話していた。



自分はやってないのに、、、

優の気持ちだけがポツンと取り残された。



そして、やっぱり誰も信じてくれないんだな、、、

と思うしかなかった。



そのうち両親がなにか揉めているのが聴こえてきた。



父 「こういう事は母親が行くもんだから」

母   「なんで私ばっかりが」

というようなやり取りだった。



対人恐怖者の父はどんな場面にも行きたがらない。

そしてその事は、その家の強固なタブーとなっていて誰も口にはしない。

優は、互いに迷惑そうな両親の表情と言い合いをボーッと見てただ聴いていた。


あ〜、自分は親にとって迷惑な存在なんだな、、、と改めて知ったが。



そして「やっぱりな」と悲しい感情を一人で孤独に味わった。

「悲しい訳がない」と強がるもう一人の自分もその頃にはしっかりと優の中に存在していた。




結局、母が一人で謝罪に行ったのを眺めていた。

家庭を顧みない、家族と本当の意味で向き合わない選択をしている父はさっさと仕事に戻ったが

その表情や全体像から怒りと緊張が満ちていた。


もちろん出掛けて行った母からも。

















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この出来事は、何十年経っても優の心に大きく傷として残っている。

心の傷からの後遺症、影響として



自分は相手にとって迷惑がられるようなダメな存在である

誰かに信じてもらえないのは自分のせいである

信じてもらえないような自分が一体なんなのかわからない



などの歪んだ認知の元として、この後も傷付き体験と

信じてもらえない悲しみを抑圧する為の「怒り」の感情が蓄積され優のパーソナリティを形成していった。



混乱と怒りの人生は、感情のみではなく

その後の人間関係やパートナーシップにも、当然、深く深く影響していった。




そこからの回復は、長い年月が必要だった。



ただ優の力のある所は、問題の本質をみれる子であった事。



両親が喧嘩をしているのを目撃すると

子どもは「自分のせいで親が喧嘩をしている」と思ってしまいがちだが

優は「自分のせいではないこと」を見抜いていた。



そう、親の不仲は親の問題。

そこに子どもを巻き込むな。


夫婦喧嘩を見せるのも心理的虐待である

という事を知った時に、優は自分って凄いな!と思えた。







まさと君の家では、シマリスを飼っていて優たちは学校の裏手に建つ教員住宅の窓越しに

何度も見に行っていた。


阿寒の燃えるような紅葉の下で、何十年振りかでシマリスを見た時に

優は40年前のこの出来事をありありと思い出していた。




そして、あれは悲しかったな!とひとり苦笑いした。




そして、まさと君は今、どこにいるんだろうか?

会ってみたいな。



そして、聴いてみたい。

「あの時の怪我って、私が投げた枝が原因だったの?」と。







〜今回の小説チックな物語〜


end🍁🐿









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naomiyo929 at 22:26|PermalinkComments(0)

2018/10/18

みんなのストーリーズ🎁  信じてもらえないことの悲しみ⑴

優は、両親のおかしな言動に「またか・・・」と感じていた。

彼女は小学4年生。


昨日の放課後。

児童玄関前で友人達とお喋りしていると、いつもの男子がからかいの言葉と様子で

いつもの煽りをしてきていた。

なんか、いつも あ~なんだよね・・・なんでなんだろう・・・まさと君って。


優たちは、そう話してから気にせずにお喋りを続けていたが

まさと君は、ひとりからかいの言葉を大声でこちらに向け続け

ピッチング ポーズでこちらに投球のポーズを続けてくる。


うるさいな~・・・バッカみたいだよね!

優たち女子にはそう見えていた。


優は近くに落ちていた少し太めの木の枝を、まさとの方に投げた。


こないだの台風で木が倒れた時のもの。


もちろん、まさとには当たらないように!だ。

まさとに当たっていない事も、もちろん優はその目で確認済みである。


それから暫くして、その日は解散。

みんなそれぞれ帰路についた。



まさと君って先生の子どもなのに、なんだかいつもあんな風だよな・・・。

なんでだなんだろう?

まっ、別にいいけど、と話し終えてその日は解散。


翌日、学校に行くとまさとが手首に包帯を巻いていた。

病院に行ったらしい。

優は「えっ?」っと思ったが、どこかで怪我でもしたのかな

位にしか思わなかった。



いつもはうるさい、まさとも今日は何にも言ってこなかった。


次の休み時間に、2つ上の女子が優に話しかけてきた。

この人は学校中、地域の事はなんでも把握している、

優の母に言わせれば「大人の話をなんでも聞いているませている子」であった。


「まさと君、昨日、優ちゃんに木を投げられて怪我したみたいだけど本当?」



優は、固まった。

2つ上の噂好きのこの人に話しかけられた事じたいもそうだが

そんなことはあるわけがない。

だって昨日、木の枝が当たっていないのはこの目で確認済みだもの。



まさと君はプリプリしていて今日は何も話してこない。


「自分で怪我してそれを私にやられたと親に言ったんだろうか?」


優は2つ上の人にも、まさと君にも何も言えなかったし確認もしなかった。

できなかった。


昨日、一緒にいた女子たちは驚き

「大変な事をしてしまったとされる」優に対して微かに、そして確かに避ける姿勢を取った。


担任でもないひとりの女の先生が、優に木の枝を投げたのか?確認に来た。

優は、投げたけれども当たっていない事を伝えたが

女性教師は疑いの眼差しで「ふ~ん」と言って去っていった。

いつも口うるさいあの先生、どう思ったかな?


優はこういう場面でうまく言葉が出て来ない傾向の自覚がある。

「挙動不審と自分で思い込んでいる心の中」が他者にはどう映っているのか?が気になったが

その日は頑張って思いを伝えたつもりだ。


2つ上の学年の人たちや、学校中がその日はその大事件で騒然となっているように優には感じられ

一日、学校でひとりモヤモヤと不安を抱えながら

優は何も考えられずにその日を過ごした。



そして実際、その事は学校の中では大事件となった。



一緒だった女子も庇ってくれる訳でもなかったように思う。

見えていなかったのかな・・・?



学校から帰る頃には、自信があった「まさと君にはあたっていない」が

「見えていない所で当たったのかもしれない?」

「ワンバウンドして当たったのか?」

と優の自信は不安へとジェットコースターにように変化していた。


ワンバウンドなんてしないであろうに。



優は重い気持ちのまま帰宅した。

家に着いてもひとり重い気持ちのまま過ごした。

優は親に自分の事は話さない。


親にとって自分は興味のない存在だと、とうにわかっていた。


いつも忙しかった共働きの両親。

いわゆる今でいう所の情緒的なネグレクト(育児放棄)。


両親も故意にではないとしても

優は、「自分の気持ちを安心して話せる安全な大人」を

残念ながら持たずに育った。



電話がなり、母が驚き、誰かに謝っているのは気配で気付けた。

優は勘がいい。

そして優の直感通りに、母がやってきてこう聞かれた。

聴かれたというよりも言われた。


「まさと君に怪我させたんだって?」


優は、やっぱりか・・・と思いながらも

自分は木の枝を投げたけれども、ちゃんと当たらないように投げたこと、

うるさいまさとに、ちょっと威嚇の真似事をしただけであること、

そして、手には当たっていない事もこの目で確認した事を母に伝えた。


母は、怒りの表情で

当たらないようにであっても、そんなことはしたらだめな事

じゃ、なんでお前に怪我させられたとまさと君は言っているのか?

と詰問した。



優はやっぱりな・・・

と思った。

これはいつものことだ。


自分の話は聴いてもらえないし、母は自分の事よりも誰かの話を信じるであろうことを

優は理解していた。



信じてもらえない悲しみを、うまく感じられないように

自分をマヒさせる術を優はとっくに体得していた。


誰にも教えられぬままに、習得して

心(感情)と身体が繋がっていない、バラバラである自分にも

とっくに慣れていた。





自分の悲しみの感情をいちいち感じていたら

この家では辛くて生き残れないから。




大型台風が去り、青空が広がる秋の日

優が大好きな紅葉の木は、乾燥した空気の中で今年も燃えるように色付いていた。







つづく



信じてもらえないことの悲しみ  →  ★http://refreme.blog.jp/archives/54366181.html












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2017/12/30

今年もあと二日間🕊✨🐈🎁



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釧路のカウンセリング ルーム
心理セラピストの平野直美です。

いよいよ年の瀬、、、
今年も残すところ、あと二日間となりましたね。

私は昨日より年末年始のお休みを頂いています。

仕事納め最終日に、割と髪を振り乱して(笑)
(実際にはだいたい縛ってしまうので乱れませんが)

溜まりに溜まったデスクワークをこなしていましたが
結果、間に合わず💦

休暇中に小掃除と並行してボチボチ行うという
毎年恒例のスタイルとなると思われます(笑)



自分ダメだな〜〜
とかつての超・完璧主義者

できた→100点
できなかった→0点

の白黒思考からは、かな〜〜り回復していますので

間に合わなかったけども

誰かに影響を及ぼしてしまうものではないこと
急ぎのものはOKだったこと
できれば今年のものを終わらせてスッキリした気持ちで
お仕事納めをしたいと思って、実際行動したこと

ここは素晴らしい!自分✨

と、どんな自分でも、自分で自分を受け容れられていますね。


動いた結果が完了とはならず、、、
であったけれども、結果だけに捉われていない点

ひとりの人間としての成長の賜物だな〜〜
っと思えています。


ここまで回復するのには私の場合は、かなりの年数がかかったと思います。

私の認知の歪みは、そうとう酷かったですから^^;
そしてそれに気付く力があって
自分を変えたいと思えたこと
そして、自分で自分を見捨てずに自身の心の傷と向きあい続けたのも
私のもつ力ですね。




さてさて
こちらを訪れて下さっている皆さまは
2017年の年の瀬を、いかがお過ごしでしょうか?






ええ〜と
ここ数日、頭の中で、今年を振り返っていまして

はて?
私の今年の目標ってなんだっけ?

となりましたので、このブログで確認してみました!
(ブログって便利ですね〕




今年初めに立てた今年の私の目標




自分の世話 を更に強化してゆく

だったんですね🌹💫


とても良い目標です!

そして今年も自分の世話をしまくりました!



セルフケア=自分の世話

を自分でできるようになってゆくことは
トラウマケアには必須であると言っても過言ではない位に
私は自身の経験からそう思っています。

セラピーを受け始めた最初から、もう10年以上
私は毎日毎日、自分の世話 をし続けてきています。

かつては、ひとりの回復を目指す者として
セラピストになってからは、セラピストの義務として
責任持って自分の世話をする。

心地よいですからね!
脳に良いホルモンが出ますので。

それと、自分で自分だけの為に時間を取って行うものですので、
自尊心も上がっていったな〜、と自身の経験からそう思っています。





セルフケア 自分の世話
つまり✨自分で自分を大切にしてゆく✨事は
本来、子どもの頃に養育者に習うべきものだと
私は思っています。


でも残念ながら習ってこなければ
本来、育まれるべき自尊心も習得できずにきてしまったかもしれませんね。





例えば


子どもの自分の事より家のこと優先
子どもの自分の事より親や大人優先
子どもである自分の事より家や家族メンバーが
他者によく思われる事優先
子どもの自分の感情より相手の感情優先



自分の事なんて考えるな
それは、わがままだ



自分の感情が(マヒしてしまっていて)大人になった今でもいつも分からない
大人になっても自分の居場所がないと感じる
大人になっても自分で自分の人生を生きていないような感じがしている




自分を大切にしてよい事を残念ながら習ってこなかった生育歴をもつことは
子ども時代も大人になってからも
苦しい事が多いと私は思います。

私もかなり苦しかったひとりです!


理由も分からずに

消えたい
居なくなりたい

と無意識ではそう思っていました。



こんな自分が愛されるはずがない
という病んだ思考を根強く持っていましたので

なんでも完璧にこなせる人でなければならない
そうすれば愛して欲しい人から認めてもらえるはず

と思い込んでいたのかもしれませんね。



自分が自分のままでいいこと
そのまんまの自分には価値があること


習えなかったものは大人になった今
自分で習得してゆく事ができますね。



それでは、また








セルフケアについてのカテゴリー💫


も、良かったらどうぞ!









写真は何年かぶりで会えた私が大好きな彫刻❤️

タイトルは「母と子」だったと思います
愛着障害である私にはグッときますね〜〜
あははは、、、^^;







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今年もあと二日間あるので、成し遂げたかった事に
私はチャレンジします!

2日もある!


やるぞ〜〜〜〜


本当は勇気が必要なことだったりしますが(^^;;)
後悔する人生は選びたくないです

人生の長さは決まっていますから!





naomiyo929 at 05:00|PermalinkComments(0)